映画と香り

香りの専門誌「PARFUM」編集長・香水評論家 平田幸子 (2016.4.1.)

 

 視覚と聴覚によって表現し感動を与える映画、方や嗅覚と抽象的なイメージという目に見えない領域で印象を表現する香り。こうしてみると対極にあるような表現芸術であるような気がしますが、実は非であるようで、似ているところがあります。我田引水のような映画評と香りの世界を記述してみました。

 

眼差しの不確かさ

 

 映像の中で直接香りが登場しませんが、香りの世界を感じさせる映画の筆頭はミケランジェロ・アントニオーニ監督作品(BLOW・UP)「欲望」(1967年)です。

 

 あるカメラマンがある時何気なく公園や森、中年のカップルを撮影するのですが、その後そのフィルムに興味がある女性が現れる。それで彼は何気なく写したものに興味が湧き改めてそのフィルムを引き延ばすのですが、のどかな田園風景や公園、森が何となく違和感を感じるのです。その違和感が気になり、この映画のタイトルでもある引き延ばし「BLOW・UP」をするのです。一体そのフィルムには何が写ってしまったのかが気になり始めるのです。眼で見えなかった何か、眼差しの不確かさに不安を覚えるのです。この映画はまず眼の不確かさと不確かな何かを手に入れたいという欲望の強さを示唆しているように思います。

 ラストは目に見えないテニスボールで遊ぶグループの中に主人公が入り見えないボールを打つ姿が映し出されるのです。目に見える事象だけが真実だと思うことに警告を発しているような映画です。香りは登場しませんが香りの世界を感じさせる印象深い作品です。

             

     


 

映画「パフューム」ある人殺しの物語

 

 まだ記憶に新しい方も多いと思いますが、同名タイトルのベストセラー小説(パトリック・ジュースキント著)を映画化した作品です。

 

 こちらの映画のほうは正面から香りの持つ世界とその魅惑について描かれた映画です。

 時代は18世紀のフランス、類いまれな嗅覚を持つ青年ジャン=バティスト・グルヌイユ。の物語です。パリの調香師のもとに弟子入りし香水の作り方を学び、究極の香水を作ることを目指すのです。究極の香りとは?!その香料の素材とは、そして出来上がった香水はまるで神の域にまで達したかのようにその香りの前に人々はひれ伏すのです。

 

 そのストーリーはまさにフランスの詩人・文芸評論家であるP・ヴァレリーの「香りは心の毒である」という言葉を想起させるものです。映し出される姿が優先される映像の中で香りの姿をとらえることはさぞかし難しかったと思いますが、「パフューム」ある人殺しの物語は香りのもつ不可思議さと魅惑を映し出していた作品です。

 

 一見映画と香りは非なるようですが、実は映画も光を組み合わせて出現し、映画も終ればそこに残るのは白い一枚の布のようなものです。香りも時間と共に昇華し、消えてしまいます。ただどちらも形はなくなりますが、時間の経過と共に内面の奥深くに映像として刻まれることがあります。